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  • 元々社会科教師を目指していたBESO

    元々社会科教師を目指していたBESO

    実は大学生時代、社会科の教師として教育実習に行きました。英語の教師を目指していたけれど難しく感じて、得意だった政治経済へ。今思えば自分らしいけど、当時はフラフラした大学生でした。笑

    政治家の演説、国会議事堂、日本円と米ドルの紙幣や硬貨、金融チャートを重ねたビジュアル

    留学して、政治が暮らしにつながった

    BESOが政治と経済に関心を持ち始めたのは、アメリカへの留学がきっかけです。いちばん強く感じたのは、「自分が当たり前だと思っているルールが、ここでは通用しない」ということでした。

    道路の歩き方や公共の場所での振る舞いひとつでも、知らないことがある。生活に関わる決まりは地域や時期によって違うので、当時の記憶をそのまま現在のアメリカ全体のルールとして伝えることはできません。ただ、現地のルールを自分で確かめる必要性を感じた経験は、今も残っています。

    看護師の資格を目指していたルームメイトが、制度の変更で資格取得への道筋に悩んでいたことも印象的でした。これは僕が当時見聞きした個人の経験ですが、制度はニュースの向こう側にあるものではなく、目の前の人の選択を変えるものなんだ、と感じました。

    周りの人が政治について話す姿を見て、22歳の僕は「日本の政治も、アメリカの政治も、全然わかっていないぞ」と気づいた。勉強せなあかん!と思ったのは、そこからです。

    面白い説明ほど、根拠を確かめたい

    社会について調べ始めると、複雑な出来事をひとつの理由で説明する話に出会います。僕自身、都市伝説として語られる話に強く引きつけられたことがあります。

    ただ、「なるほど」と感じる説明と、資料で裏づけられた事実は別です。以前の本文では、いわゆる「3S政策」を日本社会の変化の原因として断定的に扱っていました。しかし、その因果関係を示す一次資料をこの記事では提示できていないため、歴史的事実として述べる記述を取り下げました。

    スポーツにも映像作品にも、人生を彩る魅力がある。BESO自身、サッカーや映画、アニメ、お笑いから学んだことがたくさんあります。娯楽を楽しむことと、社会に関心を持つことは両立できるはずです。

    ニュースを読むときに分けたい三つのこと

    僕がこの記事で提案したいのは、ニュースの内容を「確かめられる事実」「誰かの解釈」「自分の感想」に分けて読むことです。これは特定の意見を信じるためではなく、自分の判断を急がないための読み方です。

    例えば投票率なら、どの国の、何年の、どの選挙かを確認する。経済の話なら、物価なのか賃金なのか、生産の規模なのかを分ける。「日本だけ」「全員そうだ」といった大きな言葉ほど、対象と比較条件を確かめたい。

    気になった主張を一つ選び、発表元・公表日・対象・元の資料をメモしてみてください。元資料が見つからなければ、いったん判断を保留する。すべてのニュースを調べ尽くせなくても、自分が人に伝えたい話から始めることはできます。

    大きな社会と、身近な助け合い

    社会の仕組みに不満を感じることはあります。それでも「政治は絶対によくならない」と言い切ってしまえば、自分が関われる余地まで閉じてしまう。僕が考えたいのは、制度について学びながら、身近な暮らしも少しずつよくしていくことです。

    例えば、余った食材を分け合う、困ったときに相談できる人との関係をつくる。誰かに負担を押しつけず、できる範囲で助け合う。そんな小さな関係にも、自分たちが暮らしたい社会の形が表れると思います。

    社会科教師を目指した頃の僕には、政治経済は得意な科目でした。留学を経て、それは生活とつながる問いになった。今も、わからないことを確かめながら、自分の言葉で考えていきたいと思っています。

  • AIってどうなのシリーズ2026_10~Ver.~

    AIってどうなのシリーズ2026_10~Ver.~

    「AI」という言葉を耳にする機会が増えました。BESOもAIを使っていますが、この記事は技術の性能を評価する専門家の解説ではありません。国語講師やコーチとして、変化する道具とどう付き合いたいかを考えるエッセイです。

    AIのシンギュラリティと指数関数的な知能・技術進化を示すグラフ

    インターネットの普及と重ねて考える

    AIの広がりを見ていると、僕はインターネットが身近になった頃のことを思い出します。新しい道具が登場し、できることが増え、それを使うことが日常になる。そんな変化の雰囲気が重なって見えるんです。

    ただし、似ていると感じることと、同じ経済現象だと証明することは違います。投資額を比べるにも、企業の設備投資なのか、投資家から集めた資金なのか、期間は何年なのかを揃える必要があります。この記事では比較条件を確かめられない金額や倍率を使わず、僕自身の向き合い方に話を絞ります。

    大きな予測より、目の前の使い方

    AIの未来については、期待も不安もいろいろな言葉で語られています。でも、「人間を超えた」「社会がすべて変わる」といった大きな言葉だけでは、自分の生活で何を変えればいいのか見えにくい。

    僕が大事にしたいのは、道具に任せる作業と、自分が引き受ける判断を分けることです。文章の案が出てきたときも、それが自分の伝えたい意味なのか、事実に合っているのか、相手にどう届くのかは自分で考えたい。

    この文章の以前の版には、AIの登場時期、投資額、技術的な到達点について、根拠や比較条件が不十分な説明がありました。それらの断定を削除し、技術の年表や将来予測と個人の考察が混ざらない構成に改めています。

    国語の学びで、答えの前に残したいもの

    国語講師として考えたいのは、きれいな答えを手に入れることと、自分で読み考えることの違いです。例えば文章の要約なら、完成した要約だけを見るより、「どの一文を大事だと思ったか」を言葉にする時間にも意味があると思っています。

    学習で使うなら、まず自分で短い要約を書き、その後に別の案と比べる、という順序を提案します。これは効果を検証した指導実績の紹介ではなく、考える過程を残すための使い方の例です。

    比べるときは三点。元の文章にないことが加わっていないか。筆者の結論が抜けていないか。なぜその言葉を選んだのか説明できるか。案をそのまま正解と受け取らず、元の文章に戻って確認します。

    最後に、自分の要約をもう一度書き直す。どこを変えたか、なぜ変えたかを説明する。僕なら、完成品の上手さだけでなく、このやり取りを大切にしたいです。

    自分らしさまで任せなくていい

    だからといって、全員がAIに詳しくならなければいけない、とも思いません。新しい道具を使いながら、人と対話する時間や、自分の感覚で選ぶ時間を大切にする。両方あっていい。BESOもそっち派です。AIは使うけどね。笑

    僕にとってコーチングで大切なのは、相手が何を目指したいのかを一緒に考えること。手早く答えが出るからこそ、その答えが自分の望みと合っているかを確かめたいと思います。

    時流の中に、自分の流れをつくる

    昔、師匠から「時流の中に自流を合わせる」と習いました。今の僕はそれを、周りの変化を知りつつ、自分が大切にしたいことまで手放さない、という意味で受け止めています。

    一つ試して、使いやすかったところと困ったところを言葉にする。合わなければ使い方を変える。流行に全部ついていくより、自分の仕事や学びに必要な使い方を選ぶ。そのためにも、道具に触れることと、自分で考えることをセットにしていきたいです。

  • 二拠点生活って実際どうなの?

    二拠点生活って実際どうなの?

    少し前から世間でも言われ出している二拠点生活。

    実際にBESOがやってみてどうなのか検証報告。。。

    大阪と長野の二拠点。いろんなスタイルがあると思うけどBESOの場合はこうだった!

    という今回です。

    大阪市内の街並みと長野県伊那市の田園風景を斜めの線で対比した二拠点生活のイメージ

    単純に良かったな〜、と思うところ

    一番は流れる時間が違うところ。

    大阪と長野。
    厳密には大阪市内と長野県伊那市。
    人口で言うと、大阪市は約280万人
    伊那市は約6.4万人
    何倍かも計算できないぐらいの差。

    東京はもっとだけど大阪市内でもやっぱり人が多い。
    もちろん車も増える。
    単純に人混みに飽きたBESOからすると伊那は超快適。
    流れる時間がゆっくりに感じるし、
    そんなに急がなくてもいいよね。

    と人生全般に思える。
    どこか都会は急がなければいけない気がする。

    あと、このタイミングまでにこれをしなきゃ!
    が定期的にくる。

    仕事でも「大阪にいる間にこれを終わらせなきゃ」と思うのでペースアップする。
    「伊那にいる間にこれを済ましておきたかった」を済ませられる。

    尻を叩かれないと動かないBESOは時間が尻を叩いてくれるので、ダラダラしていても動かざるを得ない環境がやってくる。

    実際これどうなのよ、と思うところ

    考えなきゃいけないことが増える。。。

    荷物がどっちにあったっけ?とか、
    単純に向こうに置いてきてしまった!とか。

    そして、もちろん移動時間が取られる。
    バスで5時間半。
    車で運転時間が4時間半。
    電車での移動は実際に比較していないので、ここでは所要時間を挙げません。

    お金はかかるけど、その時間が切り替えの時間になっているので、BESO的にはあんまりネガティブに捉えていない。
    お金もバスで片道6,000円、車で1万弱。

    メルカリに出品しているものが売れたらどうしよう?
    とかも考える。
    物理的に送れない。
    今1、2週間伊那にいるペースだから、大阪に置いてる物の発送が2週間後とかになる。

    とあげたけど、細かいことばっかりかも。。。

    人生の大きな選択や重要な議題からすれば小さいことであり、どうにかなること。

    それよりも環境自体の方がどうにもできない。
    大阪が人多いのも変えられないし、家賃が高いのも変えられない。

    なので、どうなんだろう?不便だな、と思うことこそ改めて考えるいい機会になっている気もする。

    で、結局どうなのよ

    ちなみに、物価はそこまで変わらない。
    チェーン店は同じ価格。

    伊那にもチェーン店が各業種一つずつある感じ。
    スタバ、ドトール、吉野家、すき家、ユニクロ、マクドナルド、ケンタッキー、、、。
    ドンキも大きいのがあります。

    でも圧倒的に家賃が安い。

    BESOの家は築40年ぐらいで平屋の2LDK。
    駐車場2台付き。
    で、3万5千円。

    おそらく相場よりやや低いぐらい。
    もしそれが大阪だったら、15万ぐらいするんじゃないかな!?
    それだけでも価値があると実感している。

    大阪はMASARU邸に居候しているから家賃安く抑えられているけど、もし2つとも自分で契約するとなると今の収入じゃ無理。。。

    まー環境次第だけど、どうにかすれば全然いけると思う!

    まだもう少し続けてみようと思っているけど、
    だんだん伊那中心の生活になっていくと思われる。

    一般的に働き方もだいぶ変わってきて、都心に集まる流れが加速していると減少しているが同時に起こっている気がする。

    なので、田舎暮らししながらWEBやなんやで稼げる人はありだと思う。

    費用だけでなく、仕事の場所、移動の負担、家族との予定も関わるので、自分の条件で考える必要があります。

    おすすめするし、おすすめしない

    元も子もないこと言うと、結局は自分次第笑

    二拠点に関しても田舎暮らしにしてもしたい人はした方がいい。別にしたくない人はしなくていいと思う。

    東京と大阪の二拠点については僕自身の経験がないので、ここで向き不向きは判断できません。

    あてもなく始めたけどなんだかんだ気づけば1年が経っている。

    ようやく自分の家、と言う実感も湧き出したし楽しくなるのは2年目からなのかなーとか勝手に思ったり。

    こないだ1年更新で1万円かかってちょっとイラッとしたけど笑

    これから始める人が確認したい費用

    この記事の家賃や交通費は、執筆時点の僕の契約・利用経験に基づく金額です。現在の料金や一般的な相場を保証するものではありません。検討する際は、物件や交通機関の最新の条件を確認してください。

    例えば、片道6,000円のバスで月に1往復なら交通費は12,000円。伊那の家賃35,000円と合わせると47,000円です。これは掲載した金額からの試算で、月の生活費の総額ではありません。大阪側の住居費、両拠点の光熱費や通信費、現地での移動費、初期費用などは別に考える必要があります。

    最初に「月に何往復するか」「両方の家に何を置くか」「不在時の荷物や郵便をどうするか」を書き出すと、暮らしを具体的に想像しやすくなります。僕の場合は大阪側に居候できる条件があるため、二軒とも新しく契約する場合と同じ予算では比較できません。

  • 学校では教えてくれないスピリチュアルなBLOG

    学校では教えてくれないスピリチュアルなBLOG

    タイトルは、BESOがMASARUと続けているPodcast「旅と言葉を」のサブタイトルからもじりました。リスナーさんから「BESOのエッセイを見てみたい」と言われたことも、このブログを始めたきっかけです。

    一霊四魂の概念を表したイメージ図

    BESOがスピリチュアルに関心を持ち始めたのは2010年頃。ここでは、僕がその言葉をどう受け止めているかと、自分のしたいことを考えるための問いを書きます。科学的な心の仕組みを説明する記事ではありません。

    僕にとってのスピリチュアル

    僕自身は、「本来の自分がしたいことに向き合い、現実の暮らしの中で形にしていくこと」と捉えています。「魂」という言葉を使うこともありますが、これは僕の信条や、自分の感覚を表すための言葉です。すべての人に共通する定義ではありません。

    同じ言葉でも、宗教や文化、個人の経験によって受け止め方は違います。自分にしっくりくる考えがあっても、それが相手にも当てはまると決めつけない。この前提を持って話したいと思います。

    自分の気持ちを見るための三つの問い

    以前は「魂・意識・思考」を人間の心の三段階として書いていました。しかし、ここで伝えたいのは科学的な分類ではなく、自分の選択を振り返るための視点です。次の三つの問いに置き換えて考えてみます。

    一つ目は「ついしてしまうことは何か」。時間があると手が伸びるものや、繰り返し気になることを書き出します。それだけで本心がわかるわけではありませんが、自分の関心を探す材料になります。

    二つ目は「意識して選びたいことは何か」。例えばブログを書きたい、人と話す時間をつくりたい。まだ実行できていなくても、望みとして言葉にしてみる。

    三つ目は「何を気にして選んでいるか」。費用、時間、周りの評価、家族との予定。損得を考えるのが悪いわけではありません。暮らしの条件と自分の希望を、両方見えるところに置いてみるんです。

    できない理由を、性格だけで片づけない

    「時間がない」「お金がない」と口にするとき、それが口癖になっている場合もあれば、本当に条件が厳しい場合もあります。全部を気持ちや習慣の問題にしてしまうと、必要な助けや環境の調整が見えなくなります。

    僕自身、ブログを始めては途中でやめてきた経験があります。だから、続かない人を意志が弱いと決めつけるより、何が妨げになっているかを具体的に見たい。

    「書けない」なら、題材が決まっていないのか、時間を取れないのか、最初から上手く書こうとしているのか。同じ言葉の中にも、違う困りごとがあります。理由を分ければ、試せることも変わります。

    小さく試すためのメモ

    ここで一つ、振り返りのための書き方を提案します。紙に「やりたいこと」「難しい条件」「今できる小さな一歩」の三つを書いてみてください。

    例えば「文章を書きたい/まとまった時間が取れない/今日は題材を一つだけメモする」。これは説明用の例です。小さくすれば必ず続くという話ではなく、自分が試せる大きさに調整するためのものです。

    試したあとには、「できた・できなかった」だけでなく、負担が大きすぎなかったか、そもそも今もやりたいと思っているかを振り返る。やめる、休む、助けを借りることも選択肢です。

    自分は何をしたいんだろう

    この問いにすぐ答えられなくてもいいと思います。周りの期待や、得になるかどうかをいったん脇に置いて考える時間があってもいい。そのあと、現実の条件と相談しながら、できる形を探していく。

    僕がスピリチュアルという言葉を通じて考えたいのは、正しい生き方を誰かに決めてもらうことではなく、自分の選択に向き合うことです。信じる言葉が違っても、その問いは一緒に考えられるんじゃないかと思っています。

  • 国語と言葉の重要性

    国語と言葉の重要性

    国語講師・和田慎司として、どうしても熱が入ってしまうテーマです。高校2年生までは特に成績がよかったわけではない僕が、高2で現代文を得意に感じるようになり、その後、進学塾で国語を教えるようになりました。

    国語って、何のために勉強するんだろう。僕は、文章の意味を読み取り、自分が考えたことを相手に伝えるための土台だと考えています。今回は言語の優劣を論じるのではなく、日常で言葉をどう扱うかを、講師としての視点から書いてみます。

    同じ言葉でも、伝わる内容は違う

    例えば「ちゃんと読んで」という言葉。言った側は伝えたつもりでも、聞いた側は何をすればいいのかわからないかもしれません。音読するのか、意味がわからない言葉を調べるのか、理由が書かれた一文を探すのか。それぞれ、することが違います。

    「ちゃんと」の中身を言葉にしてみる。「この意見の理由が書かれている一文に線を引いてみよう」と言えば、次に何をするかが具体的になります。これは授業だけでなく、仕事の依頼や家庭での会話でも考えてみたいことです。

    言葉の意味は、前後の文と一緒に読む

    日本語には「橋」と「箸」、「聞く」と「効く」のように、同じ読みでも意味が異なる言葉があります。文字、前後の文、話している場面を手がかりに意味を確かめます。

    例えば「その話は重い」の「重い」は、物の重量を測っているわけではありません。深刻な話なのか、気持ちの負担になる話なのか。前後の説明を読むことで、意味を絞っていきます。

    大事なのは、自分が知っている意味だけで決めつけないこと。「この文章では、どう使われているか」を見る。読解の話であると同時に、人の話を聞くときにも意識したい姿勢だと思います。

    短い文章で試せる、三つの読み方

    ここからは、自分で試すための例です。成績向上を保証する方法ではありませんが、何を読み取ったのかを言葉にする練習として使ってみてください。

    例文:「雨が続いたので、庭の作業を延期した。ただ、苗は室内で育てている。天気が回復したら植え替える予定だ。」

    一つ目は、書かれている事実を抜き出すこと。作業を延期したこと、苗を室内で育てていること、植え替える予定があることは書かれています。でも、苗の種類や延期した日数は書かれていません。わからないことを、想像で埋めないのがポイントです。

    二つ目は、文の関係を見ること。「ので」は延期の理由を、「ただ」は延期していても続けていることを示しています。接続する言葉に注目すると、一文ずつ読むだけでは見えにくい関係がわかります。

    三つ目は、短く言い換えること。例えば「雨で庭仕事は延期したが、苗を育てながら植え替えを待っている」。元の文章にない理由や感情を足さず、中心となる内容を残します。自分の言い換えを元の文と見比べて、何を残し何を省いたか説明してみてください。

    読んだことと、自分が感じたことを分ける

    文章に対して、自分の経験を重ねたり、違う意見を持ったりするのは面白いことです。ただ、筆者が書いた内容と、自分の感想を分けておくと、話が伝わりやすくなります。

    「本文にはこう書いてある。僕はこの経験から、こう感じた」。この二段階で話してみる。感想を消す必要はなく、どこからが自分の考えなのかを示すんです。BESO自身、このブログでも大切にしたいことです。

    毎日の言葉を、一つだけ具体的にする

    「よかった」「難しかった」「頑張る」。便利な言葉ですが、それだけだと自分が何を感じたのかが見えにくいことがあります。

    今日は何がよかったのか。どの部分で手が止まったのか。明日は何を一つやるのか。一文だけ付け足してみる。例えば「難しかった。二つの選択肢の違いを説明できなかった」なら、次に確かめたいことが見えてきます。

    国語を学ぶ意味は、難しい言葉をたくさん知ることだけではないと思います。自分の考えを少し細かく捉え、相手に届く形にする。その積み重ねが、日々の会話や学びを変えるきっかけになるのではないでしょうか。

    補記:以前の本文にあった、日本語の特殊性や脳の働き、言語習得の効果についての出典が不十分な断定は削除しました。本稿は、国語講師としての考察と、読者が試せる説明例に絞って改稿しています。

  • BESO(和田慎司)の自己紹介|なぜ「日々と言葉を」を書くのか

    BESO(和田慎司)の自己紹介|なぜ「日々と言葉を」を書くのか

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    初めましてBESOです。 返答に困る質問で、よく「何をしているの?」と聞かれます。
    一言で答えづらいから困ってしまいます。
    「家庭教師をしています」
    と最近はめちゃくちゃ端折って言う事が多いかな。 時間がたっぷりあればいいが、普段の日常会話でのやり取りだと数十秒で
    「何をしているのか」を全て伝えることができない。

    でも、記事だとある程度しっかり伝えられるので書いていきましょう!!

    「コーチ」として進歩し続けていく

    家庭教師のきっかけは塾講師から。
    30歳を機に大阪の進学塾の国語講師を始めた。
    中学受験に特化した小学生対象の受験合格がいちばんの目的の塾。
    しかも、進学塾に通っている前提で、その塾の成績を上げる、というスタイル。

    そこで国語講師として経験する中で、本当の教育とはを突き詰めた答えが「コーチ」だった。 コーチとは「コーチング」をする人を指す言葉。
    その人物が目指す場所や状況に導く役目。
    進学塾ならわかりやすく受験合格がその一つ。 しかし、本当のコーチングは枝葉ではなく、幹として人生のゴールを一緒に見つけ、伴走していく事だった。 3年後退職し、コーチングを主とした塾を開校。

    しかしそんなよくわからない新設の塾の集客は難しく、とてもそれだけはやっていけなかった。
    塾は場所にも縛られる。
    そして幸いにも前職の塾の教え子がわざわざ1時間半もかけて会いにきてくれて、継続して習いたいと言ってくれた。
    もちろん通えないので、BESOが家に行くことで家庭教師が始まった。

    それでも生活を賄えるほどではなかった。
    生きていくためにも何かお金を稼がなければ。。。 そんな中で、20代前半からお世話になっている兄さんの会社を手伝うことに。
    それもあってその会社のいろんなことをする中で、何をしてるかわからない人状態が加速していった。 が、根底にあるのは、「コーチ」。 全てはコーチとしての進歩のために全てがある。

    実は占い師もやっている。
    それもその一つ。

    さまざまな角度から見る社会

    いかにも怪しい「占い師」。笑
    一見縁のなさそうな講師と占い師。しかし実際やってみると社会で思われているほど離れている職業ではないと感じました。 別の業種や視点から自分の本業をみると、意外な意見が出る。
    例えば、話をあまり聞かない子は講師業だけをしていると、

    「この子は話を聞かない子だな」と思って、あまり相手をしなくなりがち。 しかし、手相で見れば、そら人の話を聞かない性格だよね。その代わり自分の直感を信じて突き進めばいい運勢が来るから、人の話はほどほどに自分の直感を信じてね!
    と言えたりする。

    両面やさまざまなアプローチができて、選択肢が増える。
    それが色々な職業があると体験からくる予見もしやすくなる。 個人的な1対1の人間関係もそうだけど、ひいてはそれが社会的な動きの目線にも同じことが言える。
    この業界がこうなっているとか、こんな手法が増えているとか。 何が良くて、何が悪いかは決められないし、そもそもないとも思っている。

    しかし、コーチとして導いてあげる道や方向性の選択肢は限りなく多く持っておく方がいいという考え方に今ではなっている。 一方で生活も2拠点が始まった。2025年の7月から大阪と長野の2拠点生活を始めた。
    気づけばもう一年が過ぎた。 感想としては、多くのメリットと少しのデメリットがある。 デメリットはそれこそ自分でどうにか出来ると感じるようなことが多いので、

    それこそやり方次第かなと。 ここで細かく言うと長くなってしまうので、また別記事で書きたいと思う。

    なぜブログなのか、そして書き続けるのか

    改めてブログを開設した。なぜ今更ブログなのか?

    これまで5つか6つのブログを作っては閉じてきた。笑
    BESOを直接知る人がこれを聞いでも違和感を感じないかもしれません。
    すぐ辞める続かない性格だとばれています。

    でも最終的にやっぱりブログが一番自分にあっているという仮説の答えが出ました。
    そして、それをやり続ける環境を作ることが1番大事だと痛感した。

    そもそもBESOが大人になる段階の始まりのきっかけがブログだった。

    大学を卒業し、アメリカ留学時に出会った人生1の刺激を与えてくれた仲間である同年代の日本人。そのうち1人は生年月日まで同じだった。 そんな仲間は「俺の人生は音楽で太陽のような存在になることだ」と本気で22歳の1年を過ごしていた。もう1人は「アパレル業界で日本から世界に届くようなブランドを作るんだ」と。 で、お前は? の返答に何もなかったBESOはかなり凹んだ。

    サッカーだけを続けてきた。しかしやりたいことは特にない。アメリカに来たのも、日本では知れないことを知りたいだけできた。 そんな時、日記がわりにつけていたアメブロに「いつも楽しく見させていただいています。頑張って更新してください」という知らない人からのコメントが来た。今思えばサクラだったのかも知れない笑 が、人生で初めてそんなことを言われたBESOは 「俺は作家になるわ!」 と言って作家を目指す日々が始まった。 そう、きっかけはブログとコメントだった。 初心に帰る意味でもブログを始めようと。

    あとはビジネスの観点でも、いろんな手法がある中でいまだに残っているのがブログ。
    SNSや動画サイトなどが多くを占める中でもブログは変わらずに存在し続けている。
    きっかけとなったアメブロもまだ存在している。

    つまり価値があるから残っている。 作家を目指していたBESOとしても、国語講師としても、コーチとしても、時には占い師としても、Podcast配信者としても、一般人男性の和田慎司としても、どの面からしてもブログが最適な形だった。 なぜなら文章が得意だから。 やっぱり自分の得意なことをするのがいいよね、という一言に尽きるのかも知れない。

    文章を書くのが苦手な人からしたら羨ましがられるが、仕方ない。理由なくスラスラ書けるのだから。 続かなかった理由は続く環境がなかったからだと正当化しつつ、今後は続けていきます!

    お尻を叩き続けてください

    BESOはこれまでも色々なことをやり、途中でやめては少し凹み。を繰り返してきました。
    三日坊主を体現した男かもしれません。 そんなBESOを応援する意味でも、もしこのブログの更新が止まっていたら 「おい、ブログ止まってるぞ」 とお尻を叩いてください。

    これを読んでくれているあなたが情熱を注いでいる何かへの後押しにもきっとなると思います。 ではお楽しみください。 2026年10月1日 BESO(和田慎司)